【阪急沿線おしらべ係 第87回】
正雀工場内でメロディーが流れるワケは?安全・安心を支える現場の工夫をレポート

【2026年8月配信】
このコーナーでは読者のみなさんからお寄せいただいた、阪急沿線でふと見つけた「気になるもの」や「面白いもの」などを、阪急沿線おしらべ係が調査します。
今回のお便りはこちら。
正雀工場を見学した際、35tクレーンからメロディーが流れていました。安全のためだと聞きましたが本当でしょうか。また、その他にも安全に関する工夫があれば教えてください。
阪急電鉄主催のファンイベント「阪急レールウェイフェスティバル」などで定期的に見学の機会が設けられる正雀工場。そしてイベントでおなじみの35tクレーンですが、クレーンからメロディーが流れている理由は確かに気になります。メロディーを流すことが安全につながる理由を確かめるべく、正雀工場へ突撃してきました!

阪急電車の重要な検査を担う正雀工場
まずは駅で来駅記念スタンプをチェック。阪急電鉄の各駅を象徴する場所やモノが描かれているのですが、正雀駅のスタンプには35tクレーンで宙につられている阪急電車、通称「空飛ぶ阪急電車」の姿が。
やはり正雀工場といえば35tクレーン、ということでしょうか。

そして、実際の空飛ぶ阪急電車を見に行く前に、少し阪急電鉄・正雀工場についてもおさらいしましょう。
阪急電鉄には4つの車庫(正雀車庫・桂車庫・平井車庫・西宮車庫)と、1つの工場(正雀工場)があります。正雀工場は、阪急電鉄唯一の工場なのですね。
※正雀車庫は正雀工場に併設されています。
各車庫では、洗車に加え10日を超えない期間ごとに行う「列車検査」(パンタグラフやブレーキ装置などに付随する消耗部分の交換など)や、3ヶ月を超えない期間ごとに行う「状態・機能検査」を実施しています。これに対し、正雀工場では、
- 4年または走行距離60万kmを超えない期間で、電車の主要部分について点検を行う重要部検査
- 8年を超えない期間で電車の全般にわたって点検を行う全般検査
という2つの大規模検査が行われています。いわば、阪急電車の総合病院ですね。
※正雀工場で毎年開催されている「阪急レールウェイフェスティバル」を紹介する過去の記事はこちら
https://cdn.hankyu-app.com/content/article/2024/article_12.html
工場内に響く『愛のロマンス』のメロディー
今回取材にご協力くださったのは、阪急電鉄 技術部工場課管理係の古賀彰郎(こがあきお)さんと、同じく技術部工場課設備係の細野裕晶(ほそのひろあき)さん。

左が古賀さん、右が細野さん
正雀工場での勤務歴約22年の古賀さんは、イベント関係の対応や安全衛生管理などをご担当。勤務歴15年を数える細野さんは検修設備のメンテナンス対応や更新計画の作成などを担当されています。

お二人の案内で、さっそく35tクレーンがあるエリアにやってきました。奥には点検中の阪急電車がずらりと並んでいますね。

広大な工場内で、クレーンはどのように動いているのでしょうか。
壁の上の方に目を向けるとA~C、1という番号が見えますが、これは車両を留置する場所を示しています。
台車付きのまま工場内に入ってきた車両を切り離し、一両ずつ並べるA~C線。そしてそこから台車を外した車体を留置して検査するための1~10番線があります。さらにA~C線・1~10番線は、南北で大阪方(南側)・京都方(北側)に分かれており、大阪方クレーンと京都方クレーンの2台があるとのこと。

さて。改めてクレーンに注目してみましょう。
水色のゲートのようなものがクレーンですが、どうやって車体を吊っているのでしょうか。

車体の下をのぞいてみると、ちょうどドアコックの位置を示す白い三角マークの横に、クレーンの爪をひっかける場所を発見しました。


爪を引っかけるのは車体の前後左右計4か所。周囲には常に5~6名の作業員が待機しており、互いに声をかけながら順番に爪を引っかけて固定し、状態をチェックしていきます。無事に全ての爪の固定が完了したら、クレーンの操縦者に合図を出し、全員クレーンのそばから退避します。

退避が完了したらいよいよ移動です。
ゆっくりと持ち上げられていく阪急電車は、来駅記念スタンプで描かれている姿そのまま。天井ギリギリまで持ち上げられた車体が移動を始める際、スピーカーから流れてきたメロディーは……映画「禁じられた遊び」のメインテーマとしても有名な『愛のロマンス』。
読者から寄せられた質問には確か、「安全のために鳴っていると聞いた」とありましたね。実際のところはどうなのでしょうか。
「仰る通りです。20t~30tほどの重さがある車体をクレーンで運びますが、万が一、クレーンでの移動中に異常が起こり、作業している人の身に何かあってはなりません。クレーン移動中にメロディーを鳴らすことで、周囲に人が立ち入らないよう、注意喚起をしているんです」と古賀さん。

クレーンのコントローラー。クレーンが走行すると自動的にメロディーが鳴るようになっているそうです
ちなみに、『愛のロマンス』が鳴るのは大阪方のクレーンだけで、京都方のクレーンではロシア民謡の『カチューシャ』が流れます。メロディーを分けることで、どのクレーンが走行しているかが分かるのですね。
工場内はメロディーがあふれていた!
工場を見学していると、どこからか『インディ・ジョーンズのテーマ曲』が聞こえてきました。振り返るとラベンダー色の機械がゆっくりこちらに近づいてくるのが見えます。

これは工場内で資材を搬送する無人搬送車で、接近していることを周囲の人に知らせるためにメロディーが鳴っているのだとか。
ちなみに、元の場所に戻る時は『ルパン三世のテーマ曲』が流れるそう。メロディーによって無人搬送車がどこに向かうのか分かるのですね。

車両から取り外した台車を運ぶ台車トラバーサ
他にも、工場内では『メリーさんの羊』(台車トラバーサ)やモーツァルトの『交響曲40番』(台車無人搬送車)、『草競馬』(屋外で使用する45tトラバーサ)など、様々なメロディーが流れていました。いずれも機械稼働時に周囲の人に注意喚起するのが目的だそうです。
まだまだあった!工場内における安全の取組み
工場内では注意喚起のため様々なメロディーが流れていることがわかりました。しかし、安全のための取組みはこれだけではありません。多くの機械が稼働している工場内には、たくさんのルールや工夫があります。
大まかにカテゴリ分けをすると、
- 安全を守る「現場の環境」
- ミスを防ぐ「行動のルール」
- 全員で安全意識を高め合う「教育や活動」
の3つに分けられますが、まずはメロディー同様、工場内のあちこちにある環境面での工夫から見ていきましょう。
(1)安全を守る「現場の環境」

工場の床に目を向けると、緑色に塗られたエリアがあります。これは、作業スペースと通行エリアを視覚的に分かりやすく分けるための通路です。人と、フォークリフトなどの大型機械や作業中の人との接触事故を防ぐ役割を果たしています。

こちらは高電圧をかけているところに人が近づかないように注意を促す「トラロープ」と「警告灯」。

黄色と黒の部分がロープになっており、作業中は車体の一部にこのロープをひっかけて警告灯を点灯させます。


工場の至るところに「送電中」「作業中」などの看板が
また、過去の教訓を生かした取組みも教えてもらいました。
「2018年に発生した大阪府北部地震の際、車体工場に留置している車体を支えている鉄の台がずれてしまったんです。この経験を教訓に、それまで車体の下4か所に鉄の台を設置して支えていたのに加え、台の横に①『サイドストッパー』というズレを防ぐ特別な器具をつけて、車体をしっかりと固定しています。さらに左右の台を②『ターンバックル』という、長さを調節して強く引っ張ることができる頑丈な金具でつなぎ、倒れないようにしました」と古賀さん。

(2)ミスを防ぐ「行動のルール」
次に、行動面での工夫を見ていきましょう。
代表的なのは「ワンポイントKY(危険予知)活動」です。工場で働く作業員は全員、「ワンポイントカード」と呼ばれるカードを持っています。

12の注意点が書かれており、毎朝、作業前に行われるミーティングでこの注意点を読み上げるそう。
ここで、気になっていた疑問をぶつけてみました。それは「仕事に慣れていく中で、どのように緊張感を維持しているのか」ということ。慣れによる無意識の行動は、大きな事故やミスにつながりかねません。
対策を細野さんに伺うと、「“声に出して指を差す”、つまり指差し確認の徹底を行っています。運転士や車掌が声を出しながら信号や標識などを指で差して確実に確認する動作と同じで、自分の行動を一つひとつ確認することで集中力を維持できるんです。シンプルですが、とても効果がありますよ」とのこと。そういえば取材中も、工場内のあちこちから「○○よし!」という掛け声が飛び交っていました。
その他にも、「工場内では必ずヘルメットをかぶる」「作業によって防護眼鏡や防塵マスク・耳栓を装着する」などのルールもあります。
(3)全員で安全意識を高め合う「教育や活動」
最後に、組織として行っている研修についても伺いました。
毎月の情報共有だけでなく、2か月に一度は工場の全作業を止めて「集中教育」を行い、正しい技術の伝承に努めているそう。
さらに、現場には若手社員が毎月手作りしている「過去の事例と対策をまとめたポスター」も。
「作成は大変だと思いますが、徹底的に調べてアウトプットすることで、未経験の事例に対しても当事者意識を持って働けるようになります」と細野さん。過去の教訓を風化させず、一人ひとりが知識をしっかり“自分ごと”にするための重要な取組みなんですね。
安全は多くの協力のもと成り立っている
このように、現場の一人ひとりが「当事者意識」を研ぎ澄ましている正雀工場ですが、安全への取組みは、決して工場の中だけに留まりません。
今回お話を伺ったのは正雀工場で車両の検査等に携わる古賀さん・細野さんですが、阪急電車の安全な運行は車両検査だけでなく、電気や保線といった他部門、そして多くの協力会社の皆さんがそれぞれの持ち場で支え合うことで成り立っているのだとお二人は語ります。時には、安全のためにお互いの意見を遠慮なくぶつけ合うこともあるのだそう。
細野さんも「若手の頃、先輩や協力会社の皆さんから自分の行動について、安全への注意が足りていないと指摘されたことがあります。今思えば本当にありがたいことです。作業員の安全はもちろんですが、電車の安全・安心な運行のために、誰もがそれだけ真剣に向き合っているんですよね」としみじみと振り返ります。
「すべてはお客さまの安全と安心のために」——。関わる全員がその強い想いと高い意識を共有しているからこそ、阪急電車は今日も変わらぬ安心を乗せて走ることができるのですね。
まとめ
様々なメロディーや床の色、そして日々のルール。工場内には、働く人と電車の安全・安心な運行を守るための工夫があふれていました。
阪急レールウェイフェスティバルなどで正雀工場に行く機会があれば、あちこちで鳴り響く音や工夫の数々を、ぜひチェックしてみてください!
最後まで記事をお読みいただきありがとうございます。
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