【阪急沿線おしらべ係 第79回】
阪急電車の下にあるグレーの箱はどんな役割?

【2025年12月配信】
このコーナーでは読者のみなさんからお寄せいただいた、阪急沿線でふと見つけた「気になるもの」や「面白いもの」などを、阪急沿線おしらべ係が調査します。
今回のお便りはこちら。
阪急電車の下にある床下機器について教えてほしいです。
たしかに、床下機器は列車の床下という見えづらい部分に搭載されているうえ、ほとんどはグレーの箱の中に収納されており、一見どんなものか分かりませんよね。そんな謎多き床下機器について詳しく調査するべく、正雀工場に向かいました。

車両の検査や修理が行われている正雀工場へ!
今回取材にご協力くださったのは、阪急電鉄 技術部 工場課制御係のおふたりです。

おふたりの仕事場である正雀工場にて取材開始
写真右は岡本健治(おかもとけんじ)さん。2014年入社、工場課制御係に配属され現在12年目。車内・床下のブレーキ装置関連機器を点検整備しておられます。
写真左が福原徹也(ふくはらてつや)さん。2015年入社、検車課京都線検車係で4年ご経験を積まれた後、工場課制御係に配属。車内・床下の電気機器を点検整備されています。
様々な機器の点検整備を10年以上担当してこられたエキスパートのおふたりに、さっそくお話を伺いましょう。
まずは初級編から!列車の走行に欠かせない床下機器とは?
床下機器といえば、名前の通り、列車の床下に搭載されている機器のこと。みなさんも、このグレーの箱に見覚えがあるのではないでしょうか?

「床下機器は精密機器が多いので、雨水や風、ちり、ほこりなどの影響を受けないよう、大部分は気密性が保たれた箱の中に収納されています」と福原さん
はじめに、列車が走行するのに欠かせない床下機器から教えていただきました。
こちらの写真をご覧ください。列車の床下に搭載されている「台車」に注目です。

矢印の箇所に台車が搭載されています。目印は車輪

こちらが台車の単体。近くで見ると迫力あり!

台車には、モーター(主電動機)、駆動装置、車輪が取り付けられています
列車が走行するのに必要な電力は、変電所から架線を伝わり、パンタグラフを介して「モーター」に届きます。すると、電力を利用してモーターが高速回転します。その回転エネルギーが、歯車を組み合わせた「駆動装置」を介して車輪に伝わり、車輪が回転。これによって電車が走行するという仕組みなんです。
このとき、運転士の運転操作に応じてモーターの回転速度を調整し、列車を加速・減速させるのが「主制御器」、大きな電流の回路を安全かつ迅速にオン・オフ制御するのが「断流器(スイッチ)」です。

手前が主制御器、奥が断流器。いずれも通常はグレーの箱の中に収納されています

主制御器。現在はVVVFインバータ方式(半導体素子でモーターの回転速度を調整)などが一般的だそう

断流器
ちなみにモーターは、車両により異なりますが、8両編成に16個も搭載されていることが多いそうですよ。

モーター本体の重さは約1トン!
こうして列車が走行する仕組みが分かると、床下機器にもどんどん興味が湧いてきますよね。
では、列車のブレーキに関わる床下機器とは?
続いて、ブレーキの仕組みと関連機器を教えていただきました。
阪急電車は、電気ブレーキと空気ブレーキが併用されています。列車を減速させるとき、最初に使うのは電気ブレーキ。モーターを発電機として働かせることで減速します。最近の車両は発電した電気を架線に戻して電気を有効活用しています。次に使うのが空気ブレーキ。圧縮空気の力を利用して、車輪の回転を抑えることで減速します。
空気ブレーキの仕組みをさらに詳しく伺いましょう。
まず、「電動空気圧縮機」(以下、コンプレッサー)で作られた圧縮空気が、「空気だめ」にためられます。

コンプレッサー

「元1」と書いてあるのが「空気だめ」
続いて運転士がブレーキ操作すると、各機器への空気の流れを制御する「ブレーキ制御装置」が稼働。圧縮空気は、ブレーキ制御装置を介してお客様の多い・少ない(荷重)などの車両の重さに応じてブレーキ力を調整した空気が、「ブレーキシリンダー」に送られます。

ブレーキ制御装置

ブレーキシリンダー。列車の床下の内側に搭載されています
ブレーキシリンダーを通った圧縮空気の力で「ブレーキシュー(制輪子)」という部品が車輪の踏面(とうめん:レールと接する面)に押し付けられ、摩擦によって車輪の回転を抑え、列車が減速・停止するということなんだそうです。

ブレーキシュー
さて、みなさん、ここまでついてこられていますでしょうか?すでにあなたは、床下機器の初級編クリアといっても過言ではありません。しかし、興味深い床下機器はまだまだあります!
さらにレベルアップ、ほかの床下機器もチェック
ほかにも床下機器を2つ教えていただきました。
1つ目は、各種車両サービスを提供する装置のオン・オフや他の装置と連携するための「継電器箱(けいでんきばこ)」。

継電器箱
継電器箱に収められている各種継電器(リレー)や電磁接触器の働きにより、車内灯、冷暖房、空調ファンなどの車内サービス機器に電源を供給します。車内サービス機器を実際に稼働させるには、乗務員室にある各スイッチを操作することが必要です。
2つ目は、非常用電源となる「蓄電池」です。

蓄電池
架線の停電や車両故障などの異常時でも、ATS(自動列車停止装置)や列車無線などの保安装置、制御装置、戸閉装置、放送装置など、列車の装置・機器が支障なく動作するための非常用電源として設けられています。
これらも列車には必要不可欠ですね。そろそろ床下機器にもだいぶ詳しくなってきたのではないでしょうか?この調子でどんどんレベルアップしていきましょう!
あなたも博士レベルに。列車の安全を守る重要な機器
最後に、列車の安全に大きく関わる機器として、ATS(自動列車停止装置)について教えていただきました。
ATSは、列車の床下に搭載されているATS受電器が、線路上に流れている列車の制限速度情報を受け取り、列車の速度超過などが発生した場合に、自動的にブレーキをかけて列車を減速・停止させるもの。脱線や列車衝突などの事故を防ぐ重要な保安装置です。
福原さんによると、阪急電鉄のATSは「高周波連続誘導式階段制御方式」を採用しているとのこと。一般的なATSは、線路の特定の場所(点)でのみ速度をチェックするのに対し、レール全体(線)を通じて列車に絶え間なく制限速度情報を送り続けるATC(自動列車制御装置)に近く、より安全性が高いのだそう。だからこそ、即座に自動でブレーキを作動させることが可能なんですね。

ATS受電器
こうして床下機器を教えていただきましたが、いかがでしたか?
見えづらい部分に搭載されていますが、床下機器があるからこそ、列車の様々な動作が安全に行われていることが分かりました。まさに縁の下の力持ちですね!
床下機器はどのようにメンテナンスされている?
正雀工場では、至るところで装置や機器を点検整備されていましたが、具体的には何をされているのでしょうか?

台車の点検整備
「正雀工場に車両が入場したら、必要に応じて各装置や機器を分解し、点検・整備・動作試験を行っています。例えば、各装置内の摩耗した部品の交換、通電部の清掃、走行振動によるボルトの緩み確認などがあります」と福原さん。
ちょうどモーターの分解点検が行われていました。打音検査といい、ボルトやナットをコンコンと軽く叩いて音を聞き分けることで、緩みの有無などを確認しています。

1年ほど経験を積むと音を聞き分けられるようになるのだとか
こちらは、制御器の分解点検。樹脂製の土台部分のねじ穴が摩耗していたため、穴の形をきれいに整えているところだそうです。

ねじが1つ外れただけでも、列車が動かなくなってしまうことがあるといいます
点検整備には一部機械が導入されていますが、今でも人の手による工程が多いとのこと。膨大な機器の数々をくまなく点検整備されているのですね。地道な作業が多く、頭が下がる思いです。
責任も、やりがいも大きい床下機器に関する業務
最後に、おふたりが業務に携わるなかで大切にされていることやご苦労、やりがいなどをお伺いしました。

普段はとても気さくなおふたりです
岡本さん「機器は種類が多いうえ、車系(車両形式)により搭載機器や作業内容が異なるため、それらの特徴や仕組みを覚えることが大変です。
だからこそ、分からないことを分からないままにするのではなく、自分が納得できるまで調べることを大切にしています。また、それを後輩たちに教えていくことで、自分や職場の成長に繋がると思っています」。

入社後はこの分厚い教科書などで勉強されるそう
福原さん「人は誰しもミスをする可能性があるからこそ、確認を徹底することも重要です。機器に異常がないかを確認するためには、常に高い集中力と正確性が求められます。そのため、体調管理と安全装備の徹底に加え、作業環境に応じた柔軟な対応を心がけています」。
岡本さん「大変なことも多いぶん、整備した機器が故障なく無事に運行を終えて帰ってきたときは、大きなやりがいを感じます」。
福原さん「そうですね、社会インフラを支えているという実感が日々の業務の励みとなっています」。
岡本さん「お客様に安心感を持ってご乗車いただけるよう、これからも真摯に取り組んでいきます」。
お客様の安全を守るため、常に研鑽を重ねておられるおふたり。言葉の一つひとつから、プロ意識と情熱が伝わってきました。
まとめ
普段は見えない床下機器の仕組みや、それを支える方々の技術や熱意を知り、列車の安全輸送を守りつづけるために、これらが必要不可欠なことが分かりました。
阪急電車にご乗車の際は、床下機器のことも思い出してみてくださいね。この動作音にはどんな床下機器が関わっているのだろう?とさらに調べてみるのも、ツウな楽しみ方かもしれません。
最後まで記事をお読みいただきありがとうございます。
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