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【阪急沿線おしらべ係 第31回】関西初の地下路線!阪急京都線の西院駅―大宮駅のヒストリーにせまる

【2021年12月配信】

読者の皆さんからお寄せいただいた、阪急沿線でふと見つけた「気になるもの」や「面白いもの」などを、阪急沿線おしらべ係のトッコが調査する「おしらべ係」。

関西で地下路線が初めて登場したのは阪急京都線の西院ー大宮駅間だったと聞いて、当時の面影がそのまま残る場所に行ってきました。その様子をレポートします。

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トンネルの入り口に掲げられた「天人併其功」の言葉に込められた意味とは?

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阪急京都線の西院駅ホーム

阪急京都線の西院駅から京都河原町駅まで地下に駅があるのはよくご存じかと思いますが、西院駅―大宮駅間が東京の銀座線に続き、1931年、関西初の地下路線として誕生したという歴史はご存知でしょうか?

そして2000年、土木学会選奨土木遺産にも認定されました。

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阪急京都線の大宮駅ホーム

今回のおしらべ係は阪急京都線の歴史にせまるべく、トンネル完成当初の面影が残る場所を訪ねました。

まず向かった先は西院駅の少し南にあるトンネルの入り口付近。

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西院駅の西改札口を出て、左手へ。一つ目の角を入っていくと阪急の駐輪場が見えてきます。この下をずっと線路が通っています。

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線路が地上へ顔を出す地点を目指して、そのまま道なりに進んでいきます。

5分歩いて目的地に到着!

安全のため、トンネルの周辺は金網で囲まれているため金網越しになりますが…

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「天人併其功(てんじんそのこうをあわす)」の扁額(へんがく(室内や門戸にかかげる横に長い額のこと))、そしてその下には鷲の像がしっかりと残っていますね。

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1978年頃に撮影されたトンネルの扁額と鷲の像

「天と人とが力を合わせて成し遂げた!」と工事完成への想いを「天人併其功」の文字に込めたのは、開通当時の京阪電気鉄道社長・太田光凞(みつひろ)氏です。
鷲は「強さ」「正義」「勝利」など、とても力強い意味をもつモチーフです。

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関西初となった地下路線完成の前後の歴史についても少しご紹介します。
淡路―高槻町(現高槻市)間、高槻町(現高槻市)―京都西院(現西院・地上仮駅)、桂―嵐山間が完成したのが1928年、西院―京都(現大宮)間が1931年に開通、さらに、大宮―河原町(現京都河原町)は太平洋戦争などの影響を受けて開通までにさらに約30年の時間がかかっています。
現在の阪急京都線が形づくられるまで相当な時間が費やされてきたことが分かりますね。

そしてもう一つ、柱も遺構としてそのまま残っています。

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時間を経て得た風格が漂います。

土台部分には「阪急」と刻まれた石碑もありますが、こちらはいつ作られたものか、残念ながらわかりません。

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次は、土木学会選奨土木遺産に認定されたことを示す銘板を見に行きます。
一駅、移動して大宮駅まで阪急電車に乗ります。

改札を出る前、大阪梅田方と京都河原町方の通路の間にありました!

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土木学会のサイトから一部抜粋して、この地下線路の選奨理由について書かれたコメントをご紹介します。

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「世界恐慌の嵐のなか,人々の生活のために京都・大阪間を高速電車で結ぶという夢とも野心ともつかぬ意欲が、地をも割って現代にまでその息吹を聞かせる地下鉄道を創りあげたのであった。近代インフラストラクチャー整備の神髄を見る思いがする」。

胸が熱くなるような、とてもドラマチックなコメントですね。
もっと詳しく読みたい方は
https://committees.jsce.or.jp/heritage/node/163

先人たちの思いに触れる土木遺産、みなさまもぜひ見に出かけてみてください!

※地下トンネル入り口付近は住宅街となっていますので、マナーを守って見学をお願いいたします。